生体内の可視化に欠かせない蛍光タンパク質 / 未解明の発光メカニズム / 原子・分子レベルで理解する / 遺伝子組み換え技術を駆使する / 鍵を握る238個のアミノ酸 / なぜ光るのか? / 超高速時間分解分光法によって生命現象をとらえる / 欠かせない分子科学の視点 /
蛍光タンパク質はクラゲやサンゴなどが持つ「光るタンパク質」です。生きたままの細胞や組織の中にあるタンパク質の位置・動きを観察することが、蛍光タンパク質の利用によって初めてできるようになりました。現在、蛍光タンパク質は生命科学分野の研究にとって欠かせないツールとなっており、2008年にはその発見に尽力した下村脩博士を含む3名の研究者にノーベル化学賞が授与されました。しかし、蛍光タンパク質がなぜ光るのか、どのように光るのかは今でもあまりよく分かっていません。そこで私は、超短パルスレーザーを用いた「分光」という物理化学的なアプローチで、原子・分子レベルでその発光メカニズムを解明する研究を行っています。特に、最近興味をもって進めているのは「光らない」蛍光タンパク質(クロモプロテイン)の研究です。蛍光タンパク質は238 個のアミノ酸で構成されていますが、その中のアミノ酸を一つだけ他のアミノ酸に置き換えると、まったく光らなくなることがあります。そのアミノ酸のどのような性質によってタンパク質が光らなくなるのかが分かれば、蛍光タンパク質がなぜ光るのかが分かります。これまでごく一部の特別な蛍光タンパク質についてしか調べられてきませんでしたが、私は、すべての蛍光タンパク質に共通する性質を見つけていきたいと考えています。
超短パルスレーザーの利用が一般的になってきたのは最近のことで、タンパク質やD N Aなどの生体分子をターゲットにした研究は世界的にもまだ始まったばかりです。タンパク質を構成する数千、数万の原子の中から、特定の一部分を選んで観測してその構造や機能を明らかにすることが、やっとできるようになってきました。新しい実験手法とタンパク質を組み合わせることで、生命現象を捉える新しい学問分野が生まれたわけです。研究を進めていくと生物と化学だけではなく、時には物理の知識も必要になります。蛍光タンパク質を見て「きれいだなぁ」と感じることを出発点として、いろいろな分野に好奇心をもって自分の可能性を広げていってほしいと思います。
日本女子大学家政学部家政理学科I部化学系卒業。お茶の水女子大学大学院人間文化研究科博士後期課程修了。博士(理学)。お茶の水女子大学大学院人間文化研究科助手、理化学研究所博士研究員を経て現職。
● 二光子吸収分光法を用いた蛍光タンパク質発色団モデル化合物の励起状態の研究
● ヘテロダイン電子和周波発生(HD-ESFG)分光法の生体分子高次構造決定への適用
● 蛍光タンパク質eGFPの“隠れた”電子励起状態
● 蛍光タンパク質赤Kaedeの超高速ダイナミクス
● 黄色蛍光タンパク質の発色団周辺環境が蛍光寿命に及ぼす影響
● 異なる発色団構造を持つ蛍光タンパク質の二光子発光メカニズム
● 蛍光タンパク質を用いた時間分解蛍光異方性測定による大腸菌内の粘度決定